【千原弁護士の法律Q&A】▼191▲ ダイレクトセリング業界の法務部の心得とは

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千葉弁護士

千葉弁護士

〈質問〉

 私は、縁あって、A社の法務部の主任という形で、転職することになりました。前職は、一般企業の法務担当でしたので、そのノウハウを活かすことが期待されていると思います。ただ、今回のA社は、消費者にダイレクトに健康食品などを販売するもので、特定商取引法、景表法、薬事法など業界特有の法律がからむとのこと。私は、この点についてはまったく不案内です。先生の過去の法律相談の記事を読むなど準備をしています。一般企業の法務部と、この業界の法務部では、どの点が違って、何に気をつけたら良いでしょうか。心得のようなものがあるでしょうか。(健康食品訪販会社法務部主任)

〈回答〉 求められる役割をきちんと把握

 この業界は、まだまだ法務への意識が薄く、経理や営業などの「片手間」に、法律問題を担当している形が多いので、あなたのような一般企業の法務経験がある方が担当されるのは、A社にとって、とても良いことだと思います。
 一般の業界でも、このダイレクトセリング業界(以下「当業界」と言います)でも、法務部の行うことに、大きな違いはないと思います。ただ当業界の場合、法務部に求められる役割が非常にはっきりしています。それは「行政処分を受けない」「警察の介入を受けない」が至上命題になるということです。
 そのためには、一つ一つの案件を「こじらせない」ことが大事です。
 一般企業の法務部の場合、クレーム案件があった場合、「なるべく返金に応じず処理したい」とのお考えを持つと思います。「法律では、お客さまの言い分が間違っている。対抗できる」「裁判なら勝てる」というとき、一般の法務部であれば、お客さまからの返金要求は断るのが当然の判断でしょう。
 ところが、当業界の場合、かならずしも、その方針が正しいとは限りません。たとえば、ネットワークビジネスで、お客さまから指定された住所(ただし、お客さまは住んでいない第三者の住所)に、商品と契約書面をお送りして、クーリング・オフ期間が過ぎた後に、お客さまから「契約書面を受け取っていないので、クーリング・オフをしたい」という申し出が出たとします。
 このケース、おそらく裁判なら企業側が勝てると思います。ただ、返金をお断りした場合、かなりの確率で、お客さまは、消費生活センターに相談します。センターは「そもそも、なんで第三者の住所に商品や契約書面が送られるのか?」「消費者はビジネスをしていることを家族に知られたくないのに、無理に紹介者が誘っているのでないか?」など、当然の疑念をいだき、根掘り葉掘り、登録の状況を聞くと思います。
 そうすると、裁判で勝てる可能性の高い「契約書面が交付されたか」という論点以外に、勧誘時のいろいろな問題点があぶり出され、結局、返金に応じなければならないという結論となったうえに、さらに会社のクレーム情報もデータベースに登録されてしまい、行政処分のリスクが出てくるという、踏んだり蹴ったりの結果になります。
 このように、当業界に特有のリスクをよく考えられて、広い視野をもって、一つ一つの案件を処理、対応されるのが良いと思います。


〈プロフィール〉
 1961年東京生まれ。85年司法試験合格。86年早稲田大学法学部卒業。88年に弁護士登録して、さくら共同法律事務所に入所し、94年より経営弁護士。現在、130を超える企業・団体の顧問弁護士を務める。会社法などの一般的な法分野に加え、特定商取引法・割賦販売法・景品等表示法・知的財産法を専門分野とし、また、数多くの大規模企業再生・倒産事件を手がけてきた。業界団体である全国直販流通協会の顧問を務める。著書に「こんなにおもしろい弁護士の仕事」Part1~2(中央経済社)などがある。

記事は取材・執筆時の情報で、現在は異なる場合があります。

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