【マザーハウス 山崎大祐代表取締役副社長】 <ストーリーマーケティングに苦言> いいモノでなければ売れない時代が来ている(2026年6月4日号)

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 「途上国から世界に通用するブランドを作る」という理念を掲げ、革製品やジュエリーを展開するマザーハウス(本社東京都、山口絵理子代表)は、今年3月に20周年を迎えた。創業メンバーである代表取締役副社長の山崎大祐氏は、昨今のストーリーマーケティングに苦言を呈する。その背景には、自社の経験や、顧客と向き合う中で見えてきた独自の哲学がある。同社の軌跡と、独自のマーケティング戦略を聞いた。

 ─これまでの歩みと現状を教えてほしい。
 06年の創業当初は、路面店を中心に展開し、のちに初の百貨店常設店として、小田急百貨店新宿店を設けた。現在は国内に50の直営店を構え、製造拠点はバングラデシュをはじめとする計6カ国に広がっている。
 自社ECサイトも06年から開設しており、コロナ禍に大きく売り上げを伸ばした。コロナ終息後も落ち込むことなく、水準を保ち、現在も好調に推移している。
 ─ブランドのストーリーを前面に押し出すマーケティング戦略を批判するのはなぜか。
 そもそも、情報が溢れる昨今において、消費しきれないほどの情報を日々浴びている人々が、さらに重厚な文脈のあるストーリーを読みたいと思うだろうか。
 あくまでも、モノ(プロダクト)そのものがブランドの入り口であるべきだと考えている。ストーリーが伝わるのはその先のことだろう。
 消費者は、モノを好きになってから初めて背景を知りたいと思う。どんなに”かっこいい売り方”をしても、”いいモノでなければ売れない”時代が既に来ている。
 ─貴社も「途上国から世界に通用するブランドを作る」という、かなり強いストーリーを持っているが。
 創業当初、代表の山口も私も、バッグづくりの素人だった。山口にデザインの経験はなく、僕も金融業界のエコノミスト出身だ。
 当時は会社の社会性や山口の活動が注目され、結果としてブランドストーリーが追い風となっていた。
 しかし今、プロとして当時のプロダクトを振り返れば、ひどいものを作っていたと思う。最初の数年間に購入していただけていたのは”応援”以外の何物でもなかったとさえ感じる。
 転機となったのが百貨店への進出だ。

(続きは、「日本ネット経済新聞」6月4日号で)

<プロフィール>
 80年、東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、ゴールドマンサックス証券にエコノミストとして入社。
 創業前から関わってきた、マザーハウスへの経営の参画を決意し、07年に取締役副社長に就任。19年から代表取締役副社長に就く。
 途上国を中心に海外を飛び回り、マーケティング・生産の両サイドに携わっている。
 「思いをカタチにする」経営ゼミ「Warm Heart’Cool Head.(ウォームハート・クールヘッド)」を主宰。Que社外取締役、日本ブラインドサッカー協会外部理事も務める。

記事は取材・執筆時の情報で、現在は異なる場合があります。

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